ロボット雑記・ニューロンの趣くままに

エンピツで書いていた「人形つかいのロボット雑記」をこちらに引っ越しました。かなり独断と偏見で書いてます。 【問題点】IE6でサイドメニューが乱れます。NN7でコメントへの記入が出来ません。

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最高のデザイナーが生み出す最低のロボットデザイン

今回はタイトルから過激に書かせて頂く。

私はかねてから、人型ロボット(2足歩行とは限らない)のなかでも、もっともマズイデザインを挙げるとすれば、三菱重工業社製の「ワカマル」を取り上げたいと思っていた。
デザイナーが「喜多俊之」という、日本のインダストリアルデザイナーのトップに君臨する方であるからこそ、この問題を無視する事ができない。

おそらく、あまりにも喜多氏のネームバリューが大きすぎる故に、多少なりともデザインの仕事に携わる方は、口にできないのであろうと考える。裸の王様というところだ。だからこそ、私のような素人が一言申し上げないといけないのである。又、大御所ゆえにこのような偏狭のBLOGで素人が何を書いても、業務妨害にはなりえないであろうと思うので書かせて頂く。

もし、まだ喜多俊之氏の実績をご存じない方は、WEBで検索していただきたい。日本が世界に誇るデザイナーの一人であるところは、間違いが無いのである。

では、なぜこれほどまでに「Wakamaru」のデザインはダメなのか?
一応デザイナーの「言い分」として日本ロボット学会誌Vol. 22 No. 8, pp.984~985, 2004 解説「プロダクトとしてのロボットデザイン」を下記にノーカットで引用させていただく。

氏が述べられている事は「一般論の理屈」である。その着眼点は間違ってはいない。しかし、彼は「人型ロボットが人に与える深み」を不幸にして全く気がつくことなく、何の練りこみもせず、レベルの低い仕事をしてしまったようだ。ロボット製作者サイドも、デザイナーが大御所過ぎて十分なコミュニケーションがとれなかったのではないか、とも思う。
結果的に「ロボット」を「テレビ」や「車」の延長線でしか見ることができなかった。それが失敗の原因だと私は思う。

同じロボット学会誌Vol. 22 No. 8はロボットデザインの特集号であり、ロボガレージの高橋智隆氏、「HRP-2:プロメテ」の出渕裕氏、「QRIO」の沢井邦仁氏、「Morph 3」の山中俊治氏、「PINO」の松井龍哉氏、PaPeRoの長田純一氏 らの執筆(出渕氏はインタビュー形式)による記事が掲載されている。
それぞれ、自己のロボットに対する思いの出所、プロダクト開発の葛藤、明確な自己主張が述べられている。(それらについては又、別の機会としたい)

がしかし、喜多氏の
「Wakamaru は,人間のように表情を変化させることはできない.しかし,「目」と「唇」のデザインによって,微妙な角度の違い・光の当たり方で様々に表情を変える.これ
は,日本の伝統芸術である「能面」や「文楽人形」の特徴に通じるかもしれない.」

一瞬、デキの悪い大学生の卒論を読んでいるのかと思った。
「かもしれない」とは、随分甘いアプローチを露呈してしまったものである。日本人のデザイナーなら、まず「能面」や「文楽人形」を超えるところから研究して当たり前ではないかと思う。
プロならば、それらを「超えるデザイン」を実現すべきであろう。

ちなみに私がこのテーマをもっとも具現化するのに成功していると思うロボットは(人型ではないが)SonyのAIBO ERS-311(ラッテ) ERS-312(マカロン)である。文句があるなら1週間でもよいからAIBOと「付き合って」自分の内面と向き合ってみるが良い。完成度はきわめて高いのがわかるはずだ。わからなければ感性が腐っている(キッパリ)。
これこそ「能面のように」表情を宿し、変化させ、同じはずの製品であるのに、なぜか「個性」すら感じる。そういう意味で、ラッテ・マカロンに衣装やアクセサリーで飾り立てるのは、少しもったいないと思うのである。(それは、それ、AIBOの持ち主がどの様な楽しみ方をしようと、なんの罪も無い)

自分がSonyファンAIBOファンであるから言っているのではない。
QRIOのデザインを「好きか?」と聞かれたら微妙である。本誌に掲載されている沢井氏によると「いかに、ヒューマノイドの既成概念から脱却するか」にエネルギーを注がれているようだ。私には、未だにQRIOのデザインの真価は理解できていないように思う。最近、とある目出度い席上での、音なしのQRIOのデモムービーを拝見したが、久々にQRIOを「欲しい」と思ってしまったのは事実である。

逆に高橋氏のアプローチは、具体的なデザインはまったく似ていないのに、各自の脳の既成のイメージにピタリとマッチするアプローチを取られているように感じる。氏の場合は、パートナーやベースとなるハードウェアの構造によって、実力が発揮されないケースがあるように感じる。
その点、ソニーは社内でイヤと言うほど「もめる(揉める)」のは、担当者は大変だろうが幸福な環境にあると思う。

松井氏のデザインは・・・あまりにも「自分」の強いデザイナーであると思う。ビューラーがお好きだそうで、世界中のビューラーをコレクションされているらしい。「あの機能のためのデザインに痺れる」みたいなことを聞いた事がある。変わっている。
しかし、人型ロボットデザインの先駆けであるPINOを生み出した実績は大きく、松井さんは松井さんなのだ。

話をWakamaruに戻そう。

「腕は,そのはたらきを動きで表現できる部分なので,メカニカルなデザインとし・・・逞しい腕は,仕事への信頼感に繋がる.」
あなた、「安全性」って言う言葉、忘れてませんか?そのむき出しの関節。挟み込んだらどうしてくれますか?

現状で「完璧な」挟み込む隙間が存在しない人型ロボットはおそらくQRIOだけだろう。ハード、ソフト両面で、今すぐに家庭に置いても問題が起こらないレベルで。(どうして、こういう宣伝をソニーはしないんでしょうね)

もう疲れてきた、また別の機会に関連する記事は書こうと思う。
もし、この文章が個人の誹謗中傷に当たるというご意見があれば、伺います。理由によっては、書き直し、もしくは、削除、も行います。
ワカマルが発表された時「うぁ このロボットはイカン。いらん。やめてくれ」と正直に感じた私を、是非説得していただきたい。

今は、日本を代表するデザイナーに、世界をうならせるロボットのデザインをしていただける日を、首を長くして待つ事にします。

せめて色を黄色と黒の縞模様にするとか・・・と馬鹿な事を考えていたら、愛知万博では蝶ネクタイで漫才の仕込み芸をやっているらしい。バカバカしいのでだんだん腹は立たなくなってきた。

あ~つかれた。まとめを書く力も無い。








日本ロボット学会誌Vol. 22 No. 8, pp.984~985, 2004
解説 プロダクトとしてのロボットデザイン
Robot Design for Industry
喜多俊之∗ ∗(株)アイ・ディ・ケイデザイン研究所
Toshiyuki Kita∗ ∗I.D.K. DESIGN LABORATORY LTD.
原稿受付2004 年8 月7 日
キーワード:Robot, Design, Product, Wakamaru, Mechanical
∗〒530–0043 大阪市北区天満3–1–2
∗Kita–ku, Osaka–shi, Osaka

1.
現在,日本はハイテクノロジーの先進地として広く認知
されている.その世界トップレベルの“資源” を持つ国が目
指すべき次の指針を,プロダクトとしてのロボットデザイ
ンを通して提案したい.
技術大国,日本.その肩書きは,戦後の復興を産業に集
中して委ねた賜物である.重工業から精密工業に至るまで,
「Made in JAPAN」は磐石な信頼を得ている.
かつて“技術” とは,未来そのものだった.新しい技術
はより良い生活を予感させる,憧れのビジョンだった.「ロ
ボット」はその最たるものである.
他の産業が軒並み円熟期を迎えつつあり,次なる方向性
を模索することを余儀なくされている現在,過渡期にある
ロボット産業だけは一直線に前を向いていける,いわば「王
道」を歩めている.だからこそ今,他産業と同じ轍を踏ま
ないようにすることこそが,ロボット産業の未来を占うこ
とに繋がると考えている.そのキーワードこそが「デザイ
ン」ではないだろうか.

2.
そこでまず,筆者が手掛けた三菱重工業社製のロボット
「Wakamaru」のデザインを紹介し,デザインの持つ理念を
お伝えしたい.以下にそのさわりを紹介する.
基本的に,人間が一番信頼できる存在は人間である.そ
の心理を基本として,Wakamaru は,人々の生活シーンに
自然に溶け込むことができるよう,人型のフォルムとした.
顔の特徴は,まず「目」である.この目は,技術的に必
要な大きさではない.もっと小さくすることもできる.し
かしあえてこの大きさ・形状にこだわった.それは人間が,
「目」を認識することで相手に人間性を感じるからである.
人間性にとどまらず,切れ長の一重瞼から意志の強さ・冷
静さを,二重のぱっちりとした目からは可愛らしさや明る
さを感じるように,時として個性までも目から感じ取るこ
とすらあるのだ.
大きな瞳は,相手の話に関心を持ち,“しっかり理解し
ています” という確認を相手に示すことで,信頼できるコ
ミュニケーションを確立する手助けとなる.眼全体が黒い
のは,どの方向にいてもユーザーの方を見つめているよう
な効果がある.加えて,人間は好意を持っている相手を見
るときには瞳孔が広がり,黒目がちに見えることから,大
きく黒い目には“良いパートナーシップ” を感じさせる効
果がある.
唇(上あご)のラインも,表情を感じさせるための重要
な箇所である.軽く微笑んでいるようにも見え,俯いてい
るときは困っているようにも見える.
Wakamaru は,人間のように表情を変化させることはで
きない.しかし,「目」と「唇」のデザインによって,微妙
な角度の違い・光の当たり方で様々に表情を変える.これ
は,日本の伝統芸術である「能面」や「文楽人形」の特徴
に通じるかもしれない.
眉は,機能的な必要性からつけることとなったものだが,
デザインの観点から位置・形状を検討し,キャラクターを活
かすパーツとした.結果,この特徴によりロボットはWakamaru
と命名され,牛若丸のような成長の期待とともに広
く認知された.
腕は,そのはたらきを動きで表現できる部分なので,メ
カニカルなデザインとし,色もシルバーとした.どんなに
愛らしい外見でもサポートロボットである以上,与えられ
た仕事は完璧にこなさなければならない.逞しい腕は,仕
事への信頼感に繋がる.
性別や年齢設定はユーザーの好みに応じて調整ができる.
その機能に柔軟に対応できるよう,あえて特定の年齢や性
別を感じさせないデザインとした.これは言いかえれば,老
若男女すべての個性になり得るということである.
以上のように,Wakamaru のデザインはすべて「人間と
のコミュニケーション」に端を発していることがご理解い
ただけたと思う.デザインとは単なるスタイリングではな
く,「より良い暮らしのための理念」から生み出されるもの
である.

3.
「より良い暮らしのためのデザイン」これはロボットデザ
インに限らず,すべての産業に必要な理念である.その良
い例を以下に紹介する.ただしこの“デザイン” という言葉
はこれまでとは異なり,より広い意味で解釈され,使われ
始めている.ここでは産業と暮らしの基盤設計という,次
なる日本の重要なキーワードとしての意味でとらえるもの
とする.
イタリア・ミラノでは,毎年4 月に「ミラノサローネ」
という大規模な国際家具見本市が開催され,世界中から多
くのメディアが集まる.
それだけではなく,ミラノコレクションをはじめ,イタ
リアは国際的な「ハイセンス」の発信国として評価は高い.
それはとりもなおさず,イタリアが「生活大国」である
ことを示している.
日本と同じく,資源の乏しいイタリアは,「デザイン」と
いう無形の資産を生み出して,暮らしの基盤である街づく
りから見直してきた.その結果,世界に向けて発信できる
企業・ブランドも数多く育ち,そのアイデンティティーが
確立した.
それは,一人一人が暮らしや人々のコミュニケーション
について意識しつづけてきた結果である.
このような流れは世界的に伝播し,現在では隣国の中国
も「デザイン」を「新資源」として位置付け,「生活大国」
になるべく盛んに啓蒙を行っている.韓国企業の台頭もめ
ざましく,デザインを武器に世界市場に打って出て,軒並
み成功を収めている.
世界規模の視点から見ても,優秀な経営者は,例外なく
デザインの重要性を理解している.将来を左右する大問題
であるかぎり,デザイナーもさることながら,判断を下す
経営者自身の感性も問われているのである.
対照的に,日本はハイテクや技術面で,前述のとおり「産
業大国」として成熟の域にある.戦後の復興を産業のみに
委ねた結果,本来の「豊かな暮らし」から遠ざかってしまっ
た感は否めない.
高いレベルにある産業のインフラは,その大きな資産を
どう生かしていくのかが今後の課題となっている.その解
答こそが,「デザイン」である.「モノのための産業」から,
「暮らしと産業のためのデザイン」へ.築き上げた産業と文
化の基礎に「デザイン」という要素を加え,生活に根ざし
た世界レベル型産業を興すことこそが,発展のヒントとな
るだろう.

4.
モノづくりの地として発展した国だからこそ,これから,
デザイン,つまり生活の国として飛躍する素地はできてい
るはずである.
誰もが希望を持って見ることができる夢,「ロボット」が
「“ちょっと未来” のプロデューサー」の一人として,より
よい生活のビジョンの提案者となるべきではないだろうか.
ロボットが,日本の復活の兆しを運んでくれるかもしれな
いのだ.

喜多俊之(Toshiyuki Kita)略歴
大阪生.1969 年よりイタリアと日本でデザイ
ンの制作活動を始める.家庭用品や家具など,
イタリアやドイツ,日本のメーカーから多く
のヒット製品を生む.最近では液晶テレビや
家庭用ロボット,イタリアの自動車メーカー
のコンセプトカーなどを手がける.各地の地
場産業の活性化にも携わり,有田焼の国際ブランドをフランク
フルトで発表.作品の多くは,ニューヨーク近代美術館など世
界のミュージアムにコレクションされている.
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コメント

はじめましてデザイン見てみました。

はじめまして、AIBO311Bユーザーです。最近拝見させていただいた降ります。実は、wakamaruのデザインは知りませんでしたが、こちらを拝見して、そんなにひどいのかと思って、クグッてみました。私も、こどもも、かわいいじゃん、との第一印象です。たしかに、いっしょに暮らしたいとは思わないですけど、デモ用のワンオフモデルと思うと、ゆるしちゃう感じです。まあ、量産を考えずに、ショーのコンセプトカー的なあたりを狙ってデザインしたように思いました。

コメントありがとうございます。

このくらい強烈に書けばコメントをいただける・・・ってそうじゃないですよね?
詳しくは忘れましたが、ROBODEX200?にすでに出てました。その場で実物見たときはビックリしましたよ。デザイナーの名前を聞いて二度ビックリ。
「ショーのコンセプトカー」なら、量産品よりもっとデザイン優先で優れたものを出してほしいものです。ロボット学会の文章を読んで、「あぁやっぱりこの程度しか考えてなかったんだなぁ」と思いました。同誌の他の方はレベルがずっと上ですよ。ロボットに関しては。

どちらにせよ、「好き嫌い」の問題と明確な線を引けないので、好きかどうかの議論になってしまうと不毛なんですが。

どちらにしても、このようなコメントをいただけて、書いてよかったと思っております。 同じようなネタがまだまだあるんですよ。又がんばって書いてみます。

今更ですが

喜多俊之氏は確かに有名で大御所ですが、私はあまり好きではありません。もちろん喜多氏が、ではなくて、デザインされたものがです。「AQUOS」もキライだし(スペックや画質云々は良くても、このデザインは部屋に置きたくないので買わない)、「Wakamaru」もピンと来ない。今まで「Wakamaru」のデザイナーが誰かなんて気にしたことはなかったけれど、なんか納得しちゃいました(笑)

でも、中には優れたものももちろんあるワケで、
http://www.verysoho.com/verysoho/pickup/index003.html
これなんかは結構気に入って使っていたりします。

要はいくら大御所でも駄作を作ることはあるってことじゃないでしょうか。あまりロボットに思い入れのない人なのかな、と思ったり。それとも制作スタッフとうまくコミュニケーションできてなかったのかな。

RAOさんコメントどうもです

テネロは知りませんでした。がよさげですね。高いのかな。イスもシリーズなのかな?

ロボット学会誌の作文から推測できるのはRAOさんまとめの、「ロボットに対する思い入れ」がなければ「スタッフとのぶつかりもコミュニケーションも無」かったのかなぁという事ですね。

最近RAOさんもERS-110のデザイナーさんと某所で会われたと思いますが、当時は相当やりあったの(PL対策で変更したり)で、SONYサイドとして気を遣っていたら、すっかり打ち解けたと元社員様から聞いてます。真剣にやってれば伝わるもんですよね。

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